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福岡高等裁判所 昭和40年(ラ)42号 決定 1965年5月06日

抗告人 中村利男(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人の抗告理由は別紙のとおりである。

按ずるに家庭裁判所が審判により遺産の分割を行なう場合においても民法九〇六条に定める基準にしたがつて分割をなさなければならないのは当然であるが、共同相続を建前とし各相続人の相続分を法定した現行相続法規の趣旨にかんがみれば右基準は分割の方法をいかにするかについて考えるべきものであつてこの点につき審判官にある程度の自由裁量が許されるとしても、各相続人そのものを右基準によつて変更することは許されないものと解する。よつて当裁判所は右の見解の下に以下抗告理由について順次判断を加える。

(一)  抗告人が被相続人清治を輔け本件不動産の管理に尽力した事実に基づく主張(抗告理由書の三)

原裁判所が審判にあたつてかかる事情を十分考慮したことは相続財産たる本件不動産の大部分を現物分割として抗告人の所有としたことからもこれを首肯し得るところであるから、右主張は矢当である。

(二)  抗告人が本件不動産に設定せられた被相続人清治の抵当債務を弁済した事実に基づく主張(同理由書四、一〇)

記録によると、抗告人が右債務弁済の為、或る程度金銭を支出した事実を首肯し得るけれどもこれが為仮りに抗告人の右清治に対する立替金債権が生じたとしても被相続人の負債すなわち相続債務はそれが可分のものであれば相続開始と同時に当然相続人に分割承継せられ、遺産分割の対象たる相続財産を構成しないものと解するのが相当であるから、かような事情は分割にあたつて斟酌すべき限りでない。

(三)  抗告人が被相続人清治および共同相続人を扶養し清治の葬式費用等を支出した事実に基づく主張(同理由書五、六、九)

かような事実については、記録上その疏明がないし、遺産の分割およびその対象につき以上に説示した見解に立つ限り前段の債権の有無は遺産の分割にあたつて考慮すべきではなく、後段のそれは特段の事情がない限り共同相続人の負担とするのが相当であるから、これも亦分割にあたり考慮の外におかるべきである。

(四)  相続人中に特別受益者の存在する事実の主張(同理由書七、八)

抗告人提出の疏明資料(上田ナミの証明書)によつてはかかる主張事実を認めるに足らず、他にこの点の疏明資料はない。

(五)  本件不動産中抗告人主張の家屋一棟及びその敷地の分割方法の不当(同理由書一一)

本件記録によるも、右家屋並に宅地の評価が不当であること並に右宅地並に家屋が現物分割により著しく価格を損するおそれのある事実を認むべき疏明はなく却つて抗告人は右家屋に居住し農業に従事しており、古く、かつ、傾斜しているこの家屋を早急に建直したいとの希望を有する事実が疏明されるので、右宅地、建物を一応抗告人の所有に帰せしめた原審判は相当というべきである。

(六)  原審が評価の時期を誤つたとの主張(同理由書一二)

遺産の分割は共同相続人が相続に因りその共有に帰した相続財産をその後分割の時点において相続分に応じこれを分割するのを建前としているのであるから、相続財産の評価は相続開始時の価額ではなく、分割当時のそれによるべきものと解するのが相当である。したがつてこれに反する抗告人の所論は採用し難い。

(七)  原審判が抗告人に金銭の一時払を命じたのは不当である。との主張(同理由書一二)

遺産の分割は共同相続人の相続分に応じてこれを分割すべきものとされ民法九〇六条に示された分割の基準によつても、右相続分を変更することはできないのであるから抗告人主張の如く自己の相続分を超える価額を有する不動産の現物分割を受けた相続人が他の相続人に支払うべき右超過価額についてのみ一定期間支払を猶予し、あるいは分割支払の利益を受けることは相続人間の公平を害し、相続分に応じてこれをなすべきものとする遺産分割の本旨に反する結果となるから、原審判が抗告人にその主張の金員の一時払を命じたのは相当である。

その他記録によるも原審判が遺産分割に関する法規に違背した事実は見出し得ないから原審判は相当というべきである(同理由書一、二)。してみると、抗告理由はすべて採用することができないので、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 木本楢雄 裁判官 丹生義孝 裁判官 松田冨士也)

抗告理由<省略>

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